皆さんこんにちは。見て頂き嬉しいです。猫好きランナーと申します。
ジャガイモやトウモロコシを栽培し終えたのですが、間違えて食べきれないほどの野菜を栽培してしまいまして、少しだけ近隣の人にプレゼントしまして、その時思った事を書こうと思います。
トウモロコシの栽培についてはこちらから
「農家さんで農作業を体験してみました。~農家のおばあさんに教えてもらった失敗の大切さ~」
ジャガイモの栽培についてはこちらから
「ジャガイモが教えてくれた環境の大切さ~ジャガイモのちょっとしたヒ・ミ・ツ~」
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「「今の私と過去の私がガッチャンコ」~未来の私をガッチャ!!~」
山あり谷ありな家庭菜園
色々試行錯誤しながら一年間失敗し続けたりしながらでしたが、その間がとても楽しかった。
勿論栽培後に食べる野菜もおいしいです。
ただ、野菜栽培初心者あるあるみたいですが、失敗して食べきれないぐらいの野菜を収穫してしまうんですね。
そういった場合私は近隣の人に様々な野菜をプレゼントする事があります。
プレゼントすると、人によって反応が異なってくることがあります。
小さな子供達はただ一言「ありがとう。おいしかった。」と言ってくれます。
その一言はとても嬉しい。
対して、大人は「もっと欲しい。」とはっきりと言ってくれます。(笑)
また、会社で働いている80代のおじいさんは「ビワ欲しいねん。」とわがままを言いながら、プレゼントしたらしたで、「汚い。」と言ってきます。
ただなんだから少しは我慢してくれよと。
まぁね、何でもかんでもプレゼントするって良くない事なんだと。
今回の場合は私が勝手に行っている事なので、ある意味人間観察的な面もあると思うのですが、どうしても人の本性が見えてしまう。
そういう意味でただ純粋な子供は可愛いなと。
こうやっていろんな人に栽培した野菜をプレゼントしていると、ふと思うのが人を見抜くのって本当に難しいなと。
時には自分の優しさや情、人柄だけを見る事が自分をダメにしていた。
確かに個人的な観点においては人柄重視かも知れませんが、自分の人生設計においては理論で物事を考え、優先順位をしっかりとさせなければ人付き合いを断捨離できずに、優しさだけで何でもしなければいけなくなり、自己犠牲になってしまう。
逆に自分さえよければいいと思えば、周りが自己犠牲をしてしまう。
だからこそ、人を見抜くのも人を選ぶのも難しいなと。
強いて言うなれば、自分を磨いたり知ったりする方がより一層楽だなと。
なんせ自分の事なんでね。
なるほど気付けて良かったなと感じた今回の栽培でした。
今回の記事は珍しく短いブログになりました。
ではまた。

