これまでのお話し
- 初めての京都マラソンで3時間36分のタイムで完走する。
- 次の大会で3時間30分切りをするために、猛練習していたが、練習開始早々足を怪我する。
- 遂に大阪マラソンに出走する。←今回のお話しでは、この事について記載します。
大阪マラソンの前日譚~あの食べ物さえ食べなければ…~
未だに忘れもしない、私にとってトラウマとなった日です。
何があったのかというと、晩御飯に出されたものが私にとってトラウマになったのです。
何があったのかというと、その前にその日一日の私のルーティーンを紹介します。
・起床午前9時 白ご飯と漬物、納豆などのヘルシーな朝ご飯を食べて、身支度する。
・午前10時 インテックス大阪に向けて出発。
・午前11時30分 インテックス大阪に着き、約1時間程で受付を済ませて、帰宅。
・午後14時 帰宅し、うどんを昼ごはんとして食べる。
・午後15時 スポーツジムに行き、マッサージチェアに座り、休息や少しの筋トレをする。
・午後18時 帰宅し、夕ご飯を食べる。
・午後21時 就寝
ここまで私の一日のルーティーンを記載してきましたが、夕ご飯に何を食べたのかというと、、、
寿司とパイナップルでした。
なぜ、この2種類をマラソンの前日に食べてはいけないのかというと、パイナップルは、繊維性が高く、消化しずらくなってしまい、おなかに残りやすくなるためらしいです。
ただし、ジュースなどの砕いたものにするといいらしいです。
また、お寿司も同じく生ものなので、消化に悪いです。
要は最低の組み合わせをマラソンの前日に食べてしまったことになります。
逆に前日食べたほうがいい食べ物は皆さんご存じのバナナや羊羹、炭水化物や脂質の多いものがいいみたいです。
大阪マラソン当日~あの食べ物が私のおなかを襲ってきた!~
大会の朝、5時頃に起床し、朝ご飯を食べた後にトイレに行ったのですが、緊張で大の方が出ませんでした。(このことが、後の悲劇を生みます。)
そして、7時頃玄関先で母の放った言葉が今でも記憶に残っています。
母:「あんまり頑張りなや。」
私の心の中(「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」)
確かに気を使っていってくれたのかもしれませんが、こっちは1年間しっかり練習してきてその言葉はありえない!と思ってしまいました。
びっくり仰天しながら私は家を後にしたのでした。
電車に乗って直ぐに、頭の中で大会のシュミレーションを行っていました。
ちなみに、大阪マラソンの目標タイムは3時間15分ですが、10 km毎のタイムは、
0 km~10 kmまで:キロ5分00秒~4分45秒 予想タイム:50分~48分
10 km~20 kmまで:キロ4分45秒~4分30秒 予測タイム:1時間30分~1時間35分
ハーフ予測タイム:1時間40分~1時間45分
20 km~30 kmまで:キロ4分30秒~4分15秒 予測タイム:2時間20分~2時間25分
30 km~40 kmまで:キロ4分15秒~4分00秒 予測タイム:3時間00分~3時間5分
40 km~完走まで: 予測タイム:3時間10分~3時間15分
を目標としていました。
受付を済ませてから~待ち時間であいつが腹の中で微妙に動き始める。~
大阪城公園に着いたのが8時頃でした。
そこから、受付を済ませ、さてトイレに行こうとするのですが、何という長蛇の列!
待てども待てどもいつまでたっても順番が来ない。
そのうちに招集がかかってしまい、列に並ぶついでに近くにあるトイレに行こうと思って列に並びました。
並んだのはいいですが、いつまでも順番が来ない・・・・・。
漏れる・・・・。
スタート直後の5分前にようやくトイレに入れたのですが、緊張の為か結局、小の方しかできず、そのまま走りだす事になってしまいました。
走り始めてから
違和感はありましたが、何とか自己ベストを出そうと意識をそらすため、まずはゆっくりと5分30秒~5分ぐらいのペースで走り始めようと思っていたのですが、大阪マラソンを走った事がある方は理解しているとは思いますが、スタート地点はやたらに小さな坂道が多く、スピードを制御するのがとても難しいのです。
なので、ゆっくり走っているつもりでも、0~10kmまでは予想していた以上に早く、1km/4分45秒~1km/4分30秒程で走っていました。10km/約45分で通過しました。
その時のお腹の調子は一切問題はありませんでした。
その後、ジェルを1本飲んだ後もスピードとしては、4分30秒前後に抑えながら、走っていました。
ハーフ:21kmを1時間35秒程で通過しました。
25 kmを過ぎてから「あいつ」が動き始めた。
ハーフを過ぎてから30 km、40 kmぐらいまで1 km/4分30秒~4分15秒をキープするために、1 km/4分30秒でハーフ~30 kmを走ろうと思っていましたが、下り坂が多く平均:1 km/4分15秒程で走ってしまいました。
中でも、25 kmを過ぎてからがお腹の中の「あいつ」が急激に動き出していました。
走っている途中でも、「キュルル」とお仲が鳴っていた事を今でも覚えています。
タイムを優先順位に考えるのか、それとも人間の尊厳を守るのか・・・・・。
色々と考えていましたが、結局は今は耐えて目標タイムを達成することを目標としました。
それからはお腹の中の「あいつ」との闘いでした。
確か、35 kmあたりにモニター画面があり、後で録画された画像を見てみると、顔が真っ青でした。(笑)
それだけお腹の中の「あいつ」を必死に抑えていた事を思い出して、今でも笑える話になっています。
お腹の調子は悪かったのですが、スピードは速く30 kmは2時間15分程で予想を上回るタイムで経過できたことを覚えています。
30 km以降、お腹の痛さと足の疲労でスピードが落ちていき、意識が朦朧とする中、あの人が……..。~そして念願のゴールへ~
腹痛は終わらず、更に30 km以降の壁が足に感じ始めていました。
35 kmまでは1 km/5分程にスピードが落ちていました。
腰が曲がり、少しずつ地面を見て走るようになってしましました。
私の中で目標タイムを諦めるべきかどうかを考え始めた最中、何故だか沿道から「山中先生!頑張れ~~~!」と歓声が聞こえてきたので、「山中先生?ぇ?」と思いながら、ふと周りを見渡すとなんと山中伸弥先生が近くで走っているではありませんか!
意識が朦朧とする中で、
私の心の中「あぁ、目標としていた人が私の近くにいる。ずっと近くで見たかった人だ。夢は努力し続ければ、きっと叶うんだ。夢を諦めるのも自分。夢から逃げるのも自分。もう少しで目標タイムを諦める所だったけど、このまま諦めて中途半端なままで終わるのはダメだ!」
そう思った瞬間、再度意識が戻り、足の痛みが一時的に無くなったような気がしたため、背を伸ばして1 km/5分程で走り始めました。
ただ、その感覚も40 kmを通過した頃から、無くなりただ単に足の重さだけが続くようになり、走るのもままならなくなり、ゆっくりでしか歩を進められなくなっていました。
更に追い抜かしていたはずの山中先生にも追い付かれてしまい、一定のペースを保ち続けることができていた山中先生に抜かされてしまう結果となりました。
そして、タイムはというと、・・・・・。
3時間24分でした。
惜しい!とても惜しい!
目標タイムは逃したものの、どうやら、山中先生には途中抜かれていましたが、タイムは私の方が4分早かったみたいです。
勝負に負けて、試合に勝ったみたいな感じでしょうか。
下記は、実際の大阪マラソン2019で私が刻んでいたタイムです。

大阪マラソンの後日譚~出走予定していた大会~
私のお腹の方はどうなったかというと、何とか持ちこたえていましたが、ゴール後メダル等受け取ってから直ぐにトイレに駆け込んだのを覚えています。
その時、鍵をかけるのを忘れて他のランナーさんが入ってきて驚いたのを今でも覚えています。
それはさておき、そんな赤面の思いもした大阪マラソン2019でしたが、目標タイムは及ばずとも記録は更新でき、山中先生にも会え結果良かったと思えやり切ったなと思える大会でした。
そして、今度は姫路城マラソンでサブ3を、更にはウルトラマラソンの大会も出場予定でした。
しかしながら、あの残酷な病気が世界中に猛威を振るい始めるなんてその頃の私には知る由もありませんでした・・・・。
と、大阪マラソン2019の思い出は以上です。
以降の私のお話は、大阪で転職活動に成功するも1カ月で会社辞めたお話し。にて記載しています。
そして、マラソンの思い出をまとめた「マラソンが教えてくれ人生で大切な事~「よ~いどん」で掛け抜けていた日々と埃を被った宝とポケットの中の鍵~」です。
お楽しみに。

