前回までのお話は、上司からのパワーワード「君の長所が分からない」と言われ、自分の選択が間違っていなかったかを理解するために、私が幼少期の頃に出会い、約束したお話を記載しました。
前回までのお話はこちら:「悪魔との再会」~君との約束を守り続けるよ~
今回のお話は、私が大学3回生~4回生の頃の記憶になります。
大学3年生(2014年~2015年)の記憶 ~ いじめとパワハラ ~

毎日が絶望だった。大学1回生のいじめの事が常に頭の中にあり、全ての事を一人で抱え込み、また自暴自棄になりの繰り返しで、報告会の時に研究室の講師から2時間以上の説教、ペンを投げられる、机を脚や手で蹴られる・叩かれた。
毎朝6時~7時ごろに起床し、8時に大学へ行き、23時頃まで実験をし、帰宅はクタクタになりながら25時頃に睡眠。
起きているのか、起きていないのかも分からない状態で次の日に大学へ行くため、頭の中は常にグチャグチャしていた。
気持ちの収拾が収まらない状態なので、担当講師からの指示を聞いても、何を言っているかですら分からず、指示と違った事を行っていたため、担当講師からは、「お前何度も言わせんなよ!」と言われ、机を叩く・蹴る等の暴言・暴力。
他の教授からは、「社会出たら傷付くのは当たり前だ!」等の事を言われていた。
その様子は後輩も知っており、「味方がいない。」とも言われていた。
そんな事が続き、1時間以上の鼻血が出て貧血になったり、説教を受けている時急に涙が出る、不眠症で眠れない等の異常が体に出だした時にようやく家族に言わなければと思い始めて報告し、そこで祖母が学長に報告する形で、半年間休学させてもらい何とか4回生になれた。
大学4年生(2015年~2016年)の記憶 ~ 幻聴と過呼吸と無意味な人生 ~

大学4回生で就活を始めたが、大学院や専門職への夢はパワハラ・いじめ・幻聴の後遺症により自分の中ではあきらめた方が良いと思っていた。
大学に復学してから、講師から直に「机を叩くとかはもうしません。」と言われ、依然として睡眠時間は5,6時間程度だったが、生活習慣は変わっておらず、幻聴や過呼吸はあったものの、大学へ通学していた。
少し時間が経った頃だったと思う。12月頃だったか、まだ就活が終わっておらず、精神状態は危ないながらも研究と就活を両立していた時に、あるニュースが私の耳に入ってきた。
それが、「電通過労死した高橋まつりさん」のニュースだった。
自分と同じようにパワハラと過酷な労働環境で過労死した電通の高橋まつりさん。
そのニュースを聞いた時に自分の心の中にポッカリと穴が空いたような空洞が広がっているような気がした。
大学生の頃の私「どうして亡くなった?」
と思っていた。
大学生の頃の私「自分だけ、ノコノコと生き残るのか。。。。嫌だな。。。。」
その後は、講師から特に何も言われることなく、卒業できたが自分だけあの頃から時間が進まなくなっていたような気がしていた。
また、卒業後も後遺症が強く残っていたため、線路のホームの前で猛然と立ちすくしている自分の後ろ姿があった。
忘れようとしていた約束 ~ 本当の生きる意味 ~


あの場所かぁ。生きている事が全く分からなかった時だな。
すると、何かに気付いたのか、あの頃の自分が振り返ってこう言った。
卒業後の自分「何もできなかった。。。。」

生きてたら、つらい事もあるけどいい事もきっとあるよ。
卒業後の自分「無意味・無気力。まつりさんは亡くなって法律になって、自分は何も出来ずにノコノコと生き続けてる。自分だけ取り残されていく。」

だったら、自分勝手に生きたらいい。弱くっても生きてみたらいい。
卒業後の自分「生きてても、皆不幸になっていく。また何も残らない。」

だったら、今度は僕達が誰かを不幸にしないようにすればいい。僕達がそんな場所を作っていけばいい。
卒業後の自分「どうやって?」

分からない、それは、君の生きる意志次第。
卒業後の自分「じゃあ約束してくれる?誰もが過去のまつりさんや僕達の様に苦しまなくてもいい世界を作っていく事を。」

約束するよ。今の僕達には難しくても、君と交わした約束を忘れない。
そして、目の前にいる過去の自分は「ふっ」と心の中に入って消えていった。
そして、これからも約束を果たす旅に出かけていく。
次の旅はいったいどこに…。
最後に
まつりさんの過労死で法律の改正による、労働環境の見直しやパワハラ防止法の制定で少しずつ日本社会は「まとも(?)」になっていっていますが、その事実があった事は風化しかけています。
逆に昔よりも仕事が楽になった・選択肢が増えた事によって、どの様な道に進めば良いのか分からなくなってきているかもしれません。それは、過去の悲しい犠牲を伴っていた事をどうか忘れないで欲しい。
次回は、「「この矛盾した我が人生」~自己理解は続くよどこまでも~」です。

